角野源之助様

母死亡の電報を得て

叱られ日を思い出す
今宵かな

毎日なす事もなく只、酒に酔って寝て居るのみ。
せめて伊太利だけでも見て帰ろうと思ふて居る。

角野判治郎

帰国費、足らぬ、金、二千円、すぐ送れ

Office of Origin:PARIS
No:F40
DATE:4/3
TIME:16.0
須磨局消印:昭和5年3月5日
recieved time : 2.57M
(時間外につきましたから翌朝配達します)

KIKOKUHI TARANU KANENISENYEN SUGUOKURE
(帰国費足らぬ、金二千円 すぐ送れ)

シベリアの切符をトーマスクックから電送せよ。
小遣い五百円とホテル賃二百円と、すぐ送れ

[電報 IMPERIAL JAPANESE TELEGRAPHS]
Office of Origin:PARIS
No:120225
DATE:9/11
TIME:2:30S
須磨局消印:昭和5年9月12日
recived time: 7.2 M

SIBERIA NOKIPPUO THOMAS COOK KARADENSOSEYS
KOZAKAI GOHYAKUYENTO HOTEL CHINNIHYAKUTO SUGUOKURE
(シベリアの切符をトーマスクックから電送せよ。小遣い五百円とホテル賃二百円と、すぐ送れ)

「判。よう帰ったの」

角野判治郎は、昭和5年11月、シベリア経由で帰国した。
家に到着して玄関に入ると、死んだはずの母が出迎えた。



戦時中のメールオーダー


これは、太平洋戦争中に
パリの画材店から神戸の判治郎に送られた絵の具の納品書。