my格付け:本とサイトの最近のブログ記事

呼び止められて

新宿の、紀伊国屋書店本店の、二階の奥の、文庫場の、岩波の、棚の前の、こいつらに、呼びとめられて、なつかしく、読みもせずとも、買っておくかな。

 

・失われた時を求めて1,2
・三銃士
・悪の華

 

鈴木信太郎の訳詩の語調が好きだったことを思い出したら、もっと古い漢字たちが口に出して読まれたがっていることに気づいた。


・杜詩1
・李白詩選
・唐詩選上中下
・中国名詩選上中下
・杜甫詩選
・蘇東坡詩選

こいつらまでが、買い物籠にもぐりこんできた。

 

いつ読むのか

7月に用意して、まだ読んでない本

・生物学的文明論

・宇宙太陽光発電所

・宇宙は本当にひとつなのか

・地球の中心で何が起こっているのか

・太陽系はここまでわかった

 

7月に浴槽につかりながら読んだ本

・周恩来秘録

・満州事変

・宇宙は何でできているか

 

つれあいが本屋に寄るというので、付き合って、紀伊国屋新宿に行った。

 

ウンベルト・エーコの新刊「バウドリーノ」(岩波)、マーガレット・アトウッドの「オリクスとクレイク」(早川)、「マンガでわかる宇宙の仕組みと謎」をもとめる。

 

宇宙の本は半日で読めた。美しい星の写真でも眺めて楽しもうと思って買った本だが、小林益川の「CP対称性の破れ」と南部の「自発的対称性の破れ」がなぜノーベル賞をもらったのか、とりあえず初心者的にわからせてもらえたのは、思いがけない収穫であった。

 

20年以上も前に薔薇の名前で、こりゃ仇やおろそかにできぬ作家だと刷り込まれて以来、エーコの名前を見るとつい買ってしまう。エーコが編著した「美の歴史」「醜の歴史」を一昨年近代美術館の売店で見つけたときもワクワクして買ってしまったし、今回のバウドリーノも平積みを目にしたとたんガマンできなくなった。衒学を娯楽するといっては実も蓋もないが、エーコだけがこの手の喜びをもたらしてくれるのにハズレがない。

 

アトウッドという作家は有名らしいが私には初見。沢山の賞を受賞したと帯にあるので、買った。まだ読み始めてはいないが、望むらくは、一気に徹夜してでも読まずにいられない醍醐味があらんことを。。

 

つれあいが買っておいてくれというので、重さ5キロの大判の写真集「Overnight Sensation」をgoogleで検索したら、TFRのDVDが大量にでてきた。アマゾンで検索してもTFRのものがたくさんでてくるので、「.co.jp」ではない捜し方をしたら、ようやく出てきたので、注文した。数年前の版では1冊8万円もする古本をみたことがあったので(いったいいくらなのか)戦々恐々だったが、新版はその十分の一で、ほっとした。

 

書物ではないがテンペストという芝居を予約した。原作がしっかりした作品だと聞いた。琉球を舞台にした話らしい。シェクスピアの遺伝子もあるのかしら。まあ、見てみないとわからないね。仲間由紀江の、しゃきしゃきした声をナマで聞けるのは楽しみだ。

 

capella 新嘉波 baa

overnight sensationをgoogleすると、「Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜」(オーバーナイト・センセーション じだいはあなたにゆだねてる)はtrfの10枚目のシングル。」というのが出てきて、困惑した。

ホテルの部屋においてあった「overnight sensation」という本の出版元がどこか、アマソンで買えるのかしりたくてググッただけだったから。

今回とまったホテルもそれに載っている。

が、それまでの3つとは明らかに異なるところも多かった。

 

期待した分がっかりする度合いが大きくなるというのは永遠の真理だが、今回もおなじだった。

 

出来て1年という新しさは良。1年たって少し慣れすぎたという点が不可。

ロビー・ライブラリ・部屋の3箇所で、小さな扉をもつ家具のちょうつがいが緩んで開閉の具合が悪くなっているのを見つけた。部屋の湯沸しポットもスイッチがバカになっていたので、取り替えさせた。修理チェックは頻繁なのがよいだろう。

一部のタオルの毛羽がごわつきはじめている。そういうタオルは客の肌に直接触れるバスルームなどにはおかず、プールサイドやジム用で使うのがよかろう。

朝食バッフェは文字通り毎日おなじで、アラカルトを頼もうとしても、バッフェにない料理は2品だけだった。ラヤバディやザレギャンでは、朝からサーロインのNYカット10オンスさえ頼めた。

 

ここは、インテリアが機能よりもデザイン優先のきらいがあって、処々に使いにくいところがある。

トイレがガラス張りである。設計士はつれあいにウンチング姿勢を見せる趣味のヒトだったのだろうか。

また、トイレがシャワレットでないことに、日本人以外は文句をつけないのであろうか。

室内にバスタブがなく、室外にある。露天風呂はすきだが、内湯があってこそだ。

villaに付属のプライベートpoolは畳3畳くらいで、泳げないどころか、横たわって浮いているだけのことすらできない狭さだ。背の低い子供が遊ぶ目的にしては深すぎる。掃除しないのか、枯葉が浮いていた。

また、本館にあるメインpoolでも枯葉が数枚浮いたり沈んだり。overnight sennsationにあるリゾートのpoolでは一度も枯葉なんてみたことがなかったので、ここは、ヒトがいうほど行き届いてないんだな、と感じた。

 

シンガポールは日本と同じく水道水が良いので、ポットでも湯沸しには水道水を使えます、、、というのがチェックインしたときの説明だったが、洗面所の蛇口は無用に手前に突き出していて、(ここのところあちこちのリゾート施設で流行のステンレス製の半球型の)水受けの上にせり出しているので、蛇口から湯沸しポットに水を入れても、今度はポットを水受けから取り出そうとすればポットを斜めにせざるをえず、結局水が半分以上こぼれざるをえないとうオマヌケ具合で、蛇口→コップ一杯分→ポットに移す、という所作を繰り返すことで、ポットを満タンにできることはできるが、どうも何だか、設計と機能が良く考え抜かれて作られたとは思えない。

いろいろ気づいて良し悪しを感じたのだが、もういちいち記述するのもメンドクサイので、答えだけにする。

baa

以上。

 

あ、そうそう、ひとつ最悪と思ったことを忘れずに書いておく。

 

最悪なこと:「支配人への苦情やコメントの用紙を用意してないこと」

 

古くからの宿屋には必ずあるが、新しいところにはわざとこれを置かないところもあるそうだ。ホテルのオーナーが苦情を読んで、下請けのオペレーション会社のヘマや手抜かりを口実に、オペレーション料の値切りや契約条件の改定を迫るからだそうだ。

 

あ、そうそう、ほめわすれたことがひとつ。

このホテルのライブラリは、ささいな接待場にすぎないが、こぶとりの女性コンシェルジュがいて、訪ねると、「ハッ・ロー、グッドアフタヌウーン、ミスター マルマル、マダム マルマル」など如才なく名前を覚えていて、礼儀正しく、気さくで、紅茶やおやつや新聞やPCまで気配りしてくれる。なんてことはないのだが、このコンシェルジュは、a格付けといっていい。

 

このホテルの食堂については、コチラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メモとして。

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清朝ラストエンペラー、愛新覚羅 溥儀(あいしんかくら ふぎ、アイシンジェロ ォプイー)の人生を描く。ベルトルッチの映画ではなく、中国テレビの史劇。

あとで調べたこと:1967年10月17日、一人の中国人が腎臓癌から尿毒症を発症して亡。火葬され、以後彼は 『火龍』 と呼ばれる。火葬された皇帝は彼がただ一人。1931年、川島芳子 婉容を天津から脱出させる。

作品から:

龍旗、

スイカバンス(といいながら、自分のほっぺたをたたく)、

この監督は男女とも目の切れ上がった顔が好みのよう。

名前の下に府と書く。「親王府」。事務所という意味?

前途有望:チェントユボ、発音日本語との似てる。

じっくりしたカメラわーく。記録映画か、カメラマラしっぱなしの旅番組みたいに:えんえんと行列、紫金城内部の門、路地、建物、儀式の再現、北京秋天。姫様のヘアスタイル=スターウオーズのアミダラ姫のような牛の角のような。酒器。赤い糸で結んだオチョコで二人が酒をのむ結婚式、三々九度といえるか。

歴史に忠実なドラマを期待したが、史実というより、内面を描くので奇妙な感じ。

1980年代の作品か、天津の古いビルなど、いまでは見れない風景も多く、貴重。

1925、26年ごろの皇帝の街歩き、夜会場(ナイトクラブ)で、サントリのダルマ瓶のウイスキーやマリリンモンローが映った映画がでてくるのには苦笑。ひとつ辺なのがあると、他のシーンもすべて出鱈目に見えてくるから、史劇づくりはたいへんだね。

ロシアの将軍セミューノフに大金をだましとられる事件があるのに、川島芳子はなかった。

極悪非道の日本:英米やロシアポーランドがナチスの残虐を映画やドラマにして教育に使ったか?

満州後のロシア抑留、東京裁判、中国送還、10年の思想教育は、みたことない話で、そうかと思ったが、ダルマとモンローだからねぇ。

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青年期を演じた、陳道明は好きな俳優だ。彼は、康煕帝も演じたから、清朝の、はじめと終わりを演じたことになる。

 

 

 

備忘、史劇DVD

康煕王朝・雍正王朝・乾隆王朝、成吉思汗。

以前に、李世民、則天武后、玄宗楊貴妃、朱元璋は見た。

連続ドラマの主人公になった回数からいうと、中国人は、朱元璋をすきなようだ。秀吉と同じく、歴史上稀に見る出世人だからだろうか。

中国で残っているのは、始皇帝、劉邦項羽、曹操三国志、趙匡胤、西大后、溥儀、毛沢東あたりとなった。

西洋モノではRoma、シャープ(ナポレオン時代にスペインで戦ったイギリス人)。西洋モノ、アラブものの長編史劇は、店ではあまりみかけない。

朝鮮半島関係では、チャングムや商道などの作り物以外では、許浚、李舜臣、明成皇后、キム・ドゥハン、全斗煥、をみた。で、あとは実在の王様や大臣、商人、医者たちの話をみてみたい。

韓国のは、でてくる日本人の描かれ方に興味がある。秀吉、小西行長、脇坂、黒田清隆、瀬島龍三。瀬島以外は、ひどいことをしまくるワルか、ワル知恵の飛びぬけた恫喝屋として描かれる。中国の抗日ドラマはひどいらしいが、一度は見ておくべきか。

(翌日追記)

昨日書き忘れていたので、思い出したときに追記する。

雍正王朝は2回目だった。以前に見たときにあったエピソードが大胆にカットされていて、ストーリーがぶつぎれであった。

 

バーコードリーダー Abb

今月もいろんな本を「眼あたり次第に」買いこんだが、どれも表紙を眺めるだけで読んでいない。タイトルを列記するのはやめておこう。

記録として書物のタイトルを列記するのは、昔からのくせではない。ISBN番号のバーコードを読む専用のバーコードリーダーを2年前に手に入れてから、やっている整理法だ。リーダーで、本のバーコードを読む。PCのenterキーを押す。PCは勝手にamazonに行って、タイトルや著者や出版社や値段や短い照会文までもってきてくれる。それを、エクセルやデータベースに入れれば、my蔵書リストになる。かなり便利である。

 

 

また夢を見たよ。

床にはいったのが、午後11時ごろ。寝室のたんすの上にかけあがったりして、ネコがうるさくしているのに気づいて、アンド、尿意で目覚めた。こういう夢だった。

 

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タクシーに乗り込み、行き先を告げると、きき返されたので、海岸通りではなく、尾根の道を行けと伝える。

車は山のふもとの狭い道をジグザグに走って、丘のひとつをこえたところで、池に出た。昔から良く知っている水深の深い池で、道路はその池で行き止まりになっている。

運転手はかまわず池の砂浜から菖蒲の群生をなぎ倒しながら水面をジャブジャブと走る、心配するが水が足元にはいってくる様子はない。タイヤが浮くから、と運転手が笑う。

向こう岸に着いて車が土手を駆け上がると、そこは坂の上の、狭くて車の進入が禁止された、魚のすり身をてんぷらにして売ってる屋台がある市場で、車は進入禁止の木の枠に突っ込んでとまり、運転手は降りて、右に行けばよいのか左に行けばよいのかきいてくると立ち去る。

私は店に入って何かわからない商品を手にとり、それをみているうちに、伊賀の影丸のページをめくっており、漫画を描きたいのなら回り道せずにいますぐ筆と紙を買って描き始めればいいのだと突如了解する。

そのまま場面が変わって、母の弟のおおきな洋館屋敷の前、そのおじが石畳の坂を下ってやってきて、大丈夫かと訊かれ、そばにいた母が肩にかけたショールをとって見せると、ノースリーブの背中から肩と腕にかけて、おおきなただれた、たこの吸盤のようなものが何十個もついている。驚いて目が覚めた。

 

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意味するところはなんだろう。自転車で走り回っていた海岸通と山道、溺れ死んだ人がいたと噂される裏山の池、魚のすり身のテンプラを威勢良く揚げている市場、横山光輝のマンガ「伊賀の影丸」、後に大成功したおじ、乳がんの疑いで乳房を全摘した母。

これらはすべて、少年期にほんとにあったことだ。ということは、今夜の夢は、長期記憶を保存している脳細胞でカルシウムイオンが発火した結果ということか。

あるいは、たまたま見た夢を、保存された私の長期記憶が解釈してみせた、ということか。

伊賀の影丸について言えば、これをまねて何十ページかのノートに描いた忍者漫画を父にうまいなと冷やかされた思い出がある。50年近く前のことだ。父が誉めたのか、ひやかしたのか、よくわからないが、たしかに、父に言われたあと、私はマンガを書くのをやめた。マンガを描いていることは隠したかったという記憶がある。描きたければ遠慮せずにすぐ描けばよいという夢の中で感じた了解は、おとなになった私の意見だ。とすれば、夢は、長期記憶が投影されたスクリーンを見ているだけの脳神経反応ではなくて、現在の価値判断や好悪感情をも発火させる脳神経反応ということか。

 

 

漫画で思い出したことがある。

少年サンデーという少年向けの漫画週刊誌に手塚治虫の「白いパイロット」という作品が連載されていた。突然連載が打ち切られたか、それとも漫画を買うのを親に禁止されたか記憶が定かではないが、とにかく、面白くて読んでいたはずのそのストーリーの結末がまったく記憶にないのだ。エンディングがハッピーだったのか悲劇だったのかの印象さえない。私が覚えている最後は、南海の火山島の湖に、主人公の少年革命家のパイロットたちが乗っとった大型の空飛ぶジェット戦艦が不時着する場面だ。これからどうなるのだろう、という強烈なインパクトを与えられながら、その後、一度も、次に物語がどうなったかを知る機会がなかった。

このことが何十年も気になっていたが、半年ほど前、ジュンク堂の手塚全集コーナーで見つけた。ビニールの封をまとって陳列された文庫サイズのそのマンガをためらわず買って、読んだ。改めて読んでみると、クローン人間と、そのクローンを作った人間との、複雑でアンビバレンツな感情を背景にした、国際政治と人間主義的反逆者の戦いの物語。というようなかんじで、けっこう、読者には難しい、作者自身さえ少々消化不良になっていたのではないかと思わせる内容だった。解説によると、連載初期は人気が高かったが、人気が急落して、連載を早めに終わらせることになったようだ。

bbA。ではあるが、本棚からは捨てずに置いておこう。

 

風呂で読むことができる本を、出版社は作ってもらいたい。

 

紙屋も、水にぬれても破れない用紙を、ちゃんとつくれ。

 

風呂で読める本なら、格付けAAAを無条件で与えようと思ったが、そんな本にはお目にかかったことがない。(いや、じつはある。大昔も大昔、大手印刷カイシャのエライ人から、新しくプラスチック製の紙ができた・どんな色でも精密な図でも印刷できる・折り曲げることはできないが・巻物のように丸めることはできる・この紙を開発した人たちのためになにか用途開発したい・知恵貸せよ、といわれて、その特殊な紙を見せてもらったことがある。しばらくして、名刺や特殊なカタログで使われているのを時々みるようになったが、本ではなかった。)

 

特に、講談社は、しっかりしてもらいたい。

理由を言うと、

 

私はたぶん、講談社学術文庫の、日本最大の購入者だろうと思う、公費で買う図書館を除けば。

この文庫は、もちろん、ろくなシリーズではないが、(岩波と藤原と羊土を除く)それよりもっとろくな本しか出さない本屋に比べればましだが、紙は、「まし」とは言えない。

 

たとえば、この文庫の1947番の「御堂関白記 上」の第1ページを、21時30分に開きつつ、サンタマリアのアロマオイルを溜めた風呂に持ち込んで入浴すると、22時15分には、長保二年正月の七日の『内裏に参った。右杖の座に着した。右内弁行成朝臣を介して天皇に奏上して・・・・」というページ(49ページ目)で、湯気でフニャフニャになって破れてしまった。

 

風呂で本を読むことがある。というか、私の、残り少ない時間のうち、まあそれほどネササリーではないがある種の渇きを埋め合わせてくれる書物を読むのには、湯につかっているしかない時間を振リ当てるのが最適だと感じて、風呂の入り口に、アカスリタオルとともに持ち込めるように、本を積んである。その中で一番多いのが、講談社の学術文庫シリーズなのである。

今年は、「日本の歴史」(全部で、二十四、五冊だったか)を読んでやろうと思って、年初から挑んだ。風呂でのみ、ページを開く、という読書スタイルである。

10月に至り、時代は明治に着到したが、それまでに、何度か旅行に出てその旅行先の温泉やホテルの風呂でも読み続けるようにしたところ、その巻を宿屋の湯殿に忘れてかえったり、湯にぬれてベチョベチョで読み進むのが不能になって捨てざるを得なかったりで、結局、明治までのシリーズのうち、同じものを買いなおさなければならない巻が3つにもなった。「より船尾の甜瓜早々」と「古代天皇制を考える」と「周辺から見た中世日本」である。おお、「より船尾の甜瓜早々」は、私が入れている専門辞書の、きわめて知愚的な変換で、本当は「頼朝の天下草創」である。ふーむ、それにしても「よりとも」が「より船尾」になってしまうとは、似たようなことはいつもながら、日本全国の変換回数の多さに思いをいたすと、こんな変換モジュールを供給している日本のIT業界とは、いかに国民の時間を無駄に費消させている無責任なエンジニアどもであろうか。

 

だが、まあ、とにかく、紙の業界は、本屋がコストを気にせずに使えるような、湯気や水気に破れない紙をつくれ。

 

本屋は、君たちより知的にはレベルのひくいIT業界に鼻ヅラを引っ張りまわされないで、まともに使える電子書籍をつくれ。

 

表題に、風呂で破れない紙を使った本なら格付けAAAだとそそのかしたが、まあ、なかみにも気を気をつけてください、お願いしますよ、編集業界のかたがた。

 

 

頼むから、

 

 

 

 

 

なーんもしない技 ABB

artofdoingnothing.jpg

5年ぐらい前にシカゴのホテルの売店で買った。

自分だけの時間をもつシンプルな方法という副題がついている。セピア調の写真がちりばめられ、いかにも、リラックスする方法を教える内容にふさわしい。

和訳はでてないようだ。必要ないだろう。やさしい英語で、身近な書き方をしている。

この本でとりあげられている「なーんもしない技」というのは、

・息をする

・瞑想する

・長いすに横たわる

・あくびする

・昼寝する

・沐浴する、風呂に入る、温泉も

・味わう

・耳をすます

・何かを待つ、なんにも来ないけど待つ

といった技で、だいたいその小見出しだけで内容もわかるが、秀逸なのは、巻頭にでてくる「procrastinating」という技である。

辞書では「ぐずぐずして、延期する。後回しにする」という意味だが、著者は、水の流れのように、なにかにぶつかっても迂回し、流れ続けていくようなこと。争わず、pressure-freeで、自重のままに時間をすごすことを、言っている。

自重のままに、というところが肝だ。軽い人は軽いなりに、重い人は重いなりに。

自重のままだから、他人との時間の約束にしばられない。

そういうことをさとらせてくれる本だ。

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