2010年10月アーカイブ

ワクワク感はどこに

暮れにシンガポールの予定。隣町のジョホールにも行くことにした。でもどうやって楽しめるのかワクワク感がない。仕事で行く場合でも、たいていワクワク感を伴うものなのだが。。。

バーコードリーダー Abb

今月もいろんな本を「眼あたり次第に」買いこんだが、どれも表紙を眺めるだけで読んでいない。タイトルを列記するのはやめておこう。

記録として書物のタイトルを列記するのは、昔からのくせではない。ISBN番号のバーコードを読む専用のバーコードリーダーを2年前に手に入れてから、やっている整理法だ。リーダーで、本のバーコードを読む。PCのenterキーを押す。PCは勝手にamazonに行って、タイトルや著者や出版社や値段や短い照会文までもってきてくれる。それを、エクセルやデータベースに入れれば、my蔵書リストになる。かなり便利である。

 

 

短い夢

また、見たよ。

午前10時半に睡魔に襲われ、横になった。

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つれあいが先に駅に降りて、私は他の乗客が邪魔で降りることができない。キップを失くしたのに気づき、ポケットを探したり、床に手を這わせて探すが、無い。電車が発車する。つれあいに携帯で連絡して、次の駅でおりて戻りの電車に乗るから待っているように伝えようとして、そんなこと携帯電話しなくたってわかる当たり前のことだと思い直したところで、ネコが枕もとで爪をたてるガロガリという大きな音で目が覚めた。

 

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何秒くらいの夢だったのだろう。脳のどの部位が発火したのか?

また夢を見たよ。

床にはいったのが、午後11時ごろ。寝室のたんすの上にかけあがったりして、ネコがうるさくしているのに気づいて、アンド、尿意で目覚めた。こういう夢だった。

 

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タクシーに乗り込み、行き先を告げると、きき返されたので、海岸通りではなく、尾根の道を行けと伝える。

車は山のふもとの狭い道をジグザグに走って、丘のひとつをこえたところで、池に出た。昔から良く知っている水深の深い池で、道路はその池で行き止まりになっている。

運転手はかまわず池の砂浜から菖蒲の群生をなぎ倒しながら水面をジャブジャブと走る、心配するが水が足元にはいってくる様子はない。タイヤが浮くから、と運転手が笑う。

向こう岸に着いて車が土手を駆け上がると、そこは坂の上の、狭くて車の進入が禁止された、魚のすり身をてんぷらにして売ってる屋台がある市場で、車は進入禁止の木の枠に突っ込んでとまり、運転手は降りて、右に行けばよいのか左に行けばよいのかきいてくると立ち去る。

私は店に入って何かわからない商品を手にとり、それをみているうちに、伊賀の影丸のページをめくっており、漫画を描きたいのなら回り道せずにいますぐ筆と紙を買って描き始めればいいのだと突如了解する。

そのまま場面が変わって、母の弟のおおきな洋館屋敷の前、そのおじが石畳の坂を下ってやってきて、大丈夫かと訊かれ、そばにいた母が肩にかけたショールをとって見せると、ノースリーブの背中から肩と腕にかけて、おおきなただれた、たこの吸盤のようなものが何十個もついている。驚いて目が覚めた。

 

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意味するところはなんだろう。自転車で走り回っていた海岸通と山道、溺れ死んだ人がいたと噂される裏山の池、魚のすり身のテンプラを威勢良く揚げている市場、横山光輝のマンガ「伊賀の影丸」、後に大成功したおじ、乳がんの疑いで乳房を全摘した母。

これらはすべて、少年期にほんとにあったことだ。ということは、今夜の夢は、長期記憶を保存している脳細胞でカルシウムイオンが発火した結果ということか。

あるいは、たまたま見た夢を、保存された私の長期記憶が解釈してみせた、ということか。

伊賀の影丸について言えば、これをまねて何十ページかのノートに描いた忍者漫画を父にうまいなと冷やかされた思い出がある。50年近く前のことだ。父が誉めたのか、ひやかしたのか、よくわからないが、たしかに、父に言われたあと、私はマンガを書くのをやめた。マンガを描いていることは隠したかったという記憶がある。描きたければ遠慮せずにすぐ描けばよいという夢の中で感じた了解は、おとなになった私の意見だ。とすれば、夢は、長期記憶が投影されたスクリーンを見ているだけの脳神経反応ではなくて、現在の価値判断や好悪感情をも発火させる脳神経反応ということか。

 

 

漫画で思い出したことがある。

少年サンデーという少年向けの漫画週刊誌に手塚治虫の「白いパイロット」という作品が連載されていた。突然連載が打ち切られたか、それとも漫画を買うのを親に禁止されたか記憶が定かではないが、とにかく、面白くて読んでいたはずのそのストーリーの結末がまったく記憶にないのだ。エンディングがハッピーだったのか悲劇だったのかの印象さえない。私が覚えている最後は、南海の火山島の湖に、主人公の少年革命家のパイロットたちが乗っとった大型の空飛ぶジェット戦艦が不時着する場面だ。これからどうなるのだろう、という強烈なインパクトを与えられながら、その後、一度も、次に物語がどうなったかを知る機会がなかった。

このことが何十年も気になっていたが、半年ほど前、ジュンク堂の手塚全集コーナーで見つけた。ビニールの封をまとって陳列された文庫サイズのそのマンガをためらわず買って、読んだ。改めて読んでみると、クローン人間と、そのクローンを作った人間との、複雑でアンビバレンツな感情を背景にした、国際政治と人間主義的反逆者の戦いの物語。というようなかんじで、けっこう、読者には難しい、作者自身さえ少々消化不良になっていたのではないかと思わせる内容だった。解説によると、連載初期は人気が高かったが、人気が急落して、連載を早めに終わらせることになったようだ。

bbA。ではあるが、本棚からは捨てずに置いておこう。

 

いやな夢を見て、目が覚めた。

 

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七、八歳くらいの兄と、三歳くらいの妹。私は二人の父だ。妹が怪我をして帰ってくる。泣き喚きもせず、傷をみせる。左ふとももの内側、つけねから膝まで、長く深い傷。出血している。

私は「どうした!」とびっくりする。

兄が答える。「足の奥に穴があってそこにおちんちんを突っ込むと気持ちがいいと教えてもらったので、妹のをみせてもらったけど、なんにもないから、穴をつくってみようと思って、エンピツを突き刺してザーと引っ張って筋をつけたの」

 

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私はショックで、目が覚めた。どうしてこういう夢をみるのだろう。私に子供はいない。昼間、長男ネコのムーが妹ネコのメイをプロレスごっこで追いかけているのを目撃した。ネコはどちらも去勢してある。性的な何事かが起きる懸念はない。

 

フロイト流なら夢を分析して何かを解釈してみせるのだろう。夢分析は人間理解のためのひとつの方法なんだろうが、関連する知識がない私には自分の夢の分析も解釈もできない。これはどうも、すわり心地が悪い。寝ているときの出来事とはいえ、自分の一部に自分でも理解できない脳神経現象がおきているのだから。

 

思い起こせば、1985年ごろに頻繁に金縛りの夢を見た。PCが面白くてブラウン管方式の(チカチカしてる)モニター画面を長時間覗き込み、毎晩眼精疲労から、金縛りの夢をみるようになった。この種の夢は苦しく怖いので逃れようとして、金縛り状態のまま「負けるものか。抑えてくるなら、跳ね返すぞ」と、夢の中か現なのかわからないまま、毎晩、金縛りから脱却する戦いをした。半年ばかりそのような夢の中の戦いを続けたあと、まったく金縛りが起きなくなった。というか、いっさい、夢を見なくなった。どんなに眼精疲労がおきていても、金縛りは起きなくなったし、ふつうに眠れて、夢がやってくることはなかった。

それ以降20年以上、夢は一度もみなかった。

引退して一年ほどたったころ、2007年の夏ごろのことだ、二十数年ぶりに、突然夢を体験した。自分はジェームズボンドのような工作員だった。豪華な超高層マンションの一室で、金粉を塗られた裸の美女を発見し、熱いお風呂にいれたら生き返ったので、驚いて夢から覚めた、のである。

この夢なら意味を解釈できる。GoldFinger は生まれてはじめて自分で金を払って(高校の制服制帽を着たまま、混雑する繁華街の封切りロードショー映画館で)見た映画であり、さらに、じつは「金粉を塗られたくらいで皮膚呼吸ができなくなることはない」という科学的事実が記事にならないよう当時の映画配給元が手をまわしていたという話を、昼間に立ち寄った本屋での立ち読みで知ったからである。

 

たしかに、「何十年も真に受けていた美女の殺し方がまるっきりの虚構であったとは、、、」というショックの心理が、夢になって現れたのだ。

 

これを皮切りに、4半世紀のあいだ見ることのなかった夢をときどき見るようになった。

夢に脈絡はない。たいてい夢のストーリー展開に驚いて目が覚める。どのストーリーも互いにまったく似ていない。長編はなく、断片のようなものばかり。など、私の見る夢の共通点だ。そして、夢で驚いて目覚めたときでさえ、しっかりとその夢のストーリを反芻して記憶に叩き込んでおかなければ、つい家族と一言あいさつしただけで、すべて忘れてしまうのも、特徴だ。

「へんな夢、みちゃったよ」

「どんな夢?」

「えっ、あれ、どんな夢だっけ。思い出せないや」

 

思い出せなければ思い出せないほど、その夢が気になる。それで、夢に驚いて目が覚めたら、すぐにそのストーリを、一瞬のマグネシウム発光で像をとらえる銀板写真のように、文字に定着させたい。それを試みるため、見た夢というカテゴリを立てた。いつ夢を見ることになるか予想もつかない。さて、つぎの1年に何本かたまって、それを継いで見れば、私の心の、あるいは脳神経系のカルシウムイオンチャンネルの産むイルージョンが、ホテルベラッチオ前の噴水ショーみたいに見える、ってことは、、、、な、い、だ、ろ、う、な、ぁ。。。

 

風呂で読むことができる本を、出版社は作ってもらいたい。

 

紙屋も、水にぬれても破れない用紙を、ちゃんとつくれ。

 

風呂で読める本なら、格付けAAAを無条件で与えようと思ったが、そんな本にはお目にかかったことがない。(いや、じつはある。大昔も大昔、大手印刷カイシャのエライ人から、新しくプラスチック製の紙ができた・どんな色でも精密な図でも印刷できる・折り曲げることはできないが・巻物のように丸めることはできる・この紙を開発した人たちのためになにか用途開発したい・知恵貸せよ、といわれて、その特殊な紙を見せてもらったことがある。しばらくして、名刺や特殊なカタログで使われているのを時々みるようになったが、本ではなかった。)

 

特に、講談社は、しっかりしてもらいたい。

理由を言うと、

 

私はたぶん、講談社学術文庫の、日本最大の購入者だろうと思う、公費で買う図書館を除けば。

この文庫は、もちろん、ろくなシリーズではないが、(岩波と藤原と羊土を除く)それよりもっとろくな本しか出さない本屋に比べればましだが、紙は、「まし」とは言えない。

 

たとえば、この文庫の1947番の「御堂関白記 上」の第1ページを、21時30分に開きつつ、サンタマリアのアロマオイルを溜めた風呂に持ち込んで入浴すると、22時15分には、長保二年正月の七日の『内裏に参った。右杖の座に着した。右内弁行成朝臣を介して天皇に奏上して・・・・」というページ(49ページ目)で、湯気でフニャフニャになって破れてしまった。

 

風呂で本を読むことがある。というか、私の、残り少ない時間のうち、まあそれほどネササリーではないがある種の渇きを埋め合わせてくれる書物を読むのには、湯につかっているしかない時間を振リ当てるのが最適だと感じて、風呂の入り口に、アカスリタオルとともに持ち込めるように、本を積んである。その中で一番多いのが、講談社の学術文庫シリーズなのである。

今年は、「日本の歴史」(全部で、二十四、五冊だったか)を読んでやろうと思って、年初から挑んだ。風呂でのみ、ページを開く、という読書スタイルである。

10月に至り、時代は明治に着到したが、それまでに、何度か旅行に出てその旅行先の温泉やホテルの風呂でも読み続けるようにしたところ、その巻を宿屋の湯殿に忘れてかえったり、湯にぬれてベチョベチョで読み進むのが不能になって捨てざるを得なかったりで、結局、明治までのシリーズのうち、同じものを買いなおさなければならない巻が3つにもなった。「より船尾の甜瓜早々」と「古代天皇制を考える」と「周辺から見た中世日本」である。おお、「より船尾の甜瓜早々」は、私が入れている専門辞書の、きわめて知愚的な変換で、本当は「頼朝の天下草創」である。ふーむ、それにしても「よりとも」が「より船尾」になってしまうとは、似たようなことはいつもながら、日本全国の変換回数の多さに思いをいたすと、こんな変換モジュールを供給している日本のIT業界とは、いかに国民の時間を無駄に費消させている無責任なエンジニアどもであろうか。

 

だが、まあ、とにかく、紙の業界は、本屋がコストを気にせずに使えるような、湯気や水気に破れない紙をつくれ。

 

本屋は、君たちより知的にはレベルのひくいIT業界に鼻ヅラを引っ張りまわされないで、まともに使える電子書籍をつくれ。

 

表題に、風呂で破れない紙を使った本なら格付けAAAだとそそのかしたが、まあ、なかみにも気を気をつけてください、お願いしますよ、編集業界のかたがた。

 

 

頼むから、

 

 

 

 

 

エサ変更戦争第2幕の始まり

ネコの体のためを思ってpHコントロール食に切り替えようとしているのに、恩知らずどもはレジスタンスを続けている。

えさ皿には手付かずのpHコントロール食がそのまま残っているのに、無視している。無視しつつ、ひざの上にやってきて、ニャンニャンニャンと要求する。夜中になると、2匹でバタバタと部屋中を駆け回り、寝ている我輩のベッドにドスンと飛び上がってくる。起こされたくなければエサをよこせという、ヤクザまがいの行動である。

皿にあるものを、喰え。

と怒鳴りつけても、トコトコトコトコと肉球でフローリング床を踏み鳴らし、いったりきたり、いったりきたり、いったりきたり、いったりきたり、いったりきたり。トコトコトコの、小さな足音でも深夜には気になってしかたがないし、階下にも聞こえているんじゃなかろうか。と少々動揺したりする。だが、

絶対に応じるものか。

と意を固めて、寝室の、板戸をぴったりと閉めた。その扉は重いのだが、隙間が少しあるだけで、爪をひっかけて戸をあけてしまう。そうできないよう、隙間のないようにピッタリと閉めた。

ガリガリ、スス、ガリガリ。

板戸に爪をたてて開けようとしている。そういう力技をするのは、長男ねこのムーだ。ビリ、という音がして、板戸の表面に貼ったふすま紙が破れつつある。爪でひっかけりゃ、紙ぐらい破れるさ。もとより家中の壁紙は無残なもので、いまさら戸の一枚の表面がどうなろうと、困りもしない。絶対にあけるものか。

と無視していたら、あれま、戸がすうっと開き、ネコが寝室に入ってきた。ヒョイとベッドに飛び乗り、足元から顔の方へと近づいてくる。そして、我輩の手が届くか届かない距離でとまり、寝そべってしまった。6キロ近い体に布団の上に乗られると、わずかな寝返りすらできない。

どうしたものか。。。バっと起きてネコを捕まえ、ベッドの下に放逐するか。それとも、抱きかかえて布団の中に引きずり込み、腕の中でかわいがるふりをして、締めてやるか。さあ、料理してやるぞ。

エサ変更戦争その3

やつらが新エサにハンストしたまま、時間がすぎた。このpHコントロール食への切り替えの体験段をwebで探すと、いくつかあった。3ヶ月かかったという苦労談もあった。

フーム、そうやすやすとは切り替えられないのか、、、、、と気づかされて、長期戦の覚悟をする。

早朝、wifeが言う、「コロコロの糊をなめてるわよ。味があるのね」

じゅうたんや床のホコリをくっつけて掃除する、あのコロコロのことである。

えっ。

味があっても、粘着部分に有害な成分がないとは限らない。やれやれ、たしかに、空腹ではネコもかわいそうだと思い、彼らが見向きもしないそのpHコントロール食に、おかかをまぜた。

よほど腹がへっていたのだろう、あっというまに、完食である。なるほど、おかかのトッピングでpHコントロール食に慣れさせればうまくいくにちがいない。少し望みが見えてきた。

しばらくして、wifeが「あれれぇ」と叫んだ。長男ネコのムーが尻にでっかいうんこをつけたまま、リビングから寝室へ歩き回っている。「うんち砂のトレイの端に足を4本とものせてうんちしようとしていたから、あら、去年便座に座って水洗トイレに直接するようトレーニングしたときはまったくおぼえなかったのに、今年はできそうだわ、と思って、うんちしているところをじっと見つめたから、はずかしくて途中でやめちゃったのかしら」

「のんきなことを言ってないで、尻を拭いてやってくれ。きっとコロコロについてた髪の毛まで喰ってしまって、うんこがつながってしまっているに違いない。うんこを無理にひっぱるなよ。髪の毛で尻の穴を傷つけかねないぞ」

エサ変更作戦を実施 
→ 喰わない・ハンスト 
→ 腹へってコロコロの糊をなめた 
→ コロコロについていた髪の毛を呑み込んだ 
→ おかかトッピングで喰って腹がふくれた 
→ 大便 
→ 髪の毛が便にまじって、切れなかった 
→ リビングと寝室の床に、ネコ便のかけらが。。。。
→ 雑巾とマイペットで拭き掃除のあと、ファブリーズ。

今日の教訓:えさを変えると、うんこがちらかる。

 

なーんもしない技 ABB

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5年ぐらい前にシカゴのホテルの売店で買った。

自分だけの時間をもつシンプルな方法という副題がついている。セピア調の写真がちりばめられ、いかにも、リラックスする方法を教える内容にふさわしい。

和訳はでてないようだ。必要ないだろう。やさしい英語で、身近な書き方をしている。

この本でとりあげられている「なーんもしない技」というのは、

・息をする

・瞑想する

・長いすに横たわる

・あくびする

・昼寝する

・沐浴する、風呂に入る、温泉も

・味わう

・耳をすます

・何かを待つ、なんにも来ないけど待つ

といった技で、だいたいその小見出しだけで内容もわかるが、秀逸なのは、巻頭にでてくる「procrastinating」という技である。

辞書では「ぐずぐずして、延期する。後回しにする」という意味だが、著者は、水の流れのように、なにかにぶつかっても迂回し、流れ続けていくようなこと。争わず、pressure-freeで、自重のままに時間をすごすことを、言っている。

自重のままに、というところが肝だ。軽い人は軽いなりに、重い人は重いなりに。

自重のままだから、他人との時間の約束にしばられない。

そういうことをさとらせてくれる本だ。

通常食から、腎臓病予防食への切り替えを試みているが、ねこどもはハンガーストライキに入っている。恨めしそうな顔で見上げ、近づいてきて足先や肘をなめてエサをくれとアピールする。がまんくらべである。

第5共和国

全斗煥を主人公においた韓国ドラマ「第5共和国」20巻を、観た。昨年も通しで全巻観た。デモ鎮圧に軍を使って多数の市民を殺した光州事件の首魁であり、こんな悪いやつはいないと思ってきたが、ドラマは面白かった。

「ボヨっ」

部下が何かを報告するたびに、大統領であるチョンドファンは「ボユっ」という。「ボヨっ」とは「なんだと!」というような意味で、驚いたとき、不意打ちをくらったときに発する言葉だ。ドラマではこの大統領は何十回も「ボヨっ」を叫んでいた。失敗する部下、やりすぎて事件を大きくしてしまう部下、小手先で処理しようとして本質を取り逃がす部下。自らYESマンだけを身辺において裸の王様になっていく独裁者のあわれもドラマの主題のひとつであったのか。。。

7年の大統領。1987年に退任後、ことあるごとに任期中の弾圧や不正蓄財の告発をうけて死刑判決。収監。特別赦免のあとでも流刑のようなあつかいをうけている。7年間の栄華と、その後10年以上のはりのむしろ。

キムデジュが大統領になってようやく元大統領としても待遇を受けられるようになったらしい。

まとまった感想はないが、このドラマ、前半はAbc。後半は退屈。

エサ変更戦争ぼっぱつ

2匹には、1歳のときからROYAL CANINのインドアの27番を与えてきた。3歳だから2年になる。缶詰やソフトジャーキー状のものも週に1?2回は与えるし、食欲不振のときにはまたたびやオカカをえさのうえからまぶしてやる。

ところが、獣医さんから与えられた猫用食事療法食「pHコントロールURINARY with FISH S/O」は、ほんとに食べない。主食である27番と同じ製造元で、人間の鼻には似たような魚くささなので、食べなれているだろうと思うのだが、やつらは、一向に食べない。

食うようになるまで、このpHコントロール食しかださないぞ。

なぜ、きまぐれなのか。

ふと気づくと、10日関もブログをいじっていなかった。

カテゴリに関連した行動はやまほどあった。メモ帳やノートにはたくさんらくがきしているのに、それをまとめようという気分にならなかった。私の思考の初動には、メモ用紙とボールペンが必要で、誰にも見てもらう必要のないものとはいえブログはもうすこし整理された段階でのツールのようだ。

とりちらかった思考の断片を、キーボードに向かって言語化する作業は、ブログといえども、とりちらかった状態を何かしら体裁よくまとめようとする無意識の気持ちを働かせてしまう。

10日も書き込まなかったのは、思考をまとめる気力がなかったからだ、と思う。